物語|濱記 -HAMAKKI-

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物語 ~ストーリー~

浜田藩
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長く毛利氏の支配が続いた中国地方でしたが、一六〇〇年(慶長五年)の関ヶ原の戦いの後、徳川氏がこの地を預かることになりました。一六一九年(元和五年)に古田重治(伊勢松坂藩・現在の三重県松坂市)が五万四千石を与えられて入封し、浜田藩が立藩しました。
この「濱記(HAMAKKI)」で題材にしている出来事は下記の3つです。
  •  1724年 春 鏡山事件 ※江戸浜田藩邸での出来事
  •  1836年 冬 竹島事件
  •  1866年 夏 浜田藩落城
古田騒動(一六四六年)は扱いが難しかったので今回は見送りました。浜田藩の終焉は、徴収藩、もとい、長州藩との戦において圧倒的な力を前に惨敗し、一八六六年に長州藩に占領され廃藩となり、二四八年の歴史に幕を下ろすことになりました。
浜田藩1
浜田藩1
浜田藩2
浜田藩2
浜田藩3
浜田藩3
鏡山事件
鏡山事件
浜田藩江戸屋敷(大奥)でのこと。浜田藩第六代藩主、松平康豊の、奥方の御付きの局として仕えていたお藤(当時六〇歳)は、若くして奥方に良くされている中老のお道(当時二〇歳)をいたく妬んでいました。お藤は執拗な責め苦を与えお道を自害に追い込むと、お道に仕えていたお初(当時二五歳)が即座に仇討を行ったという事件です。藩主の計らいにより、お初は無罪放免、特進となり、穏やかに後世を過ごしました。
鏡山故郷錦1
鏡山故郷錦1
鏡山故郷錦2
鏡山故郷錦2
鏡山故郷錦3
鏡山故郷錦3
竹島事件
竹島事件
八右衛門は松原浦で生まれ、廻船一艘を持つ直乗船頭であった。父清助が藩に与えた損失を埋めるとともに、浜田藩や国益に適うとして、竹島(現在の鬱陵島)との貿易を画策した。江戸からは渡航中止を申し渡されたが、表向き松島(現在の竹島)への渡航として、密貿易を行い藩財政再建に成功しかけたが、幕府隠密の間宮林蔵に探知され発覚する。捕縛される直前、妻を離縁し子は養子に出し、一八三六年(天保七年)六月、八右衛門は江戸で斬罪に処された。
八右衛門のヤシ椀
八右衛門のヤシ椀
引札(宣伝広告)
引札(宣伝広告)
北前船復元模型
北前船復元模型
幕末の浜田藩
幕末の浜田藩
常陸水戸藩主徳川斉昭の十男として生まれた武聡は幼くして浜田藩越智松平家を相続する。第二次長州征伐に参加したものの、圧倒的な戦力を誇る長州藩の大村益次郎率いる精強な軍勢の前に、山本半弥率いる浜田藩を 中心とした幕府連合軍は壊滅した。長州軍が浜田領に侵攻すると、武聡は浜田城に火を放ち杵築へ退陣し、浜田藩の終焉を迎えることとなった。
松平武聡と妻と夫人ひさ
松平武聡と妻と夫人ひさ
夫人ひさの書簡
夫人ひさの書簡

資料協力:浜田郷土資料館

イラスト:やぐら、烏丸江見