役者|濱記 -HAMAKKI-

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役者 ~登場人物~

会津屋八右衛門
浜田の歴史を調べていくと、いついかなる時でも財政難に苦しんでいたという記述がみられます。土地柄というより呪いなのでしょうか。。八右衛門が生きていた時代も例外なく藩は困窮していたので、鎖国の禁を犯して外海に臨み財を成し、藩の窮状を救ったといわれています。目的のために手段を選ばず結果を出す、挑戦する姿勢と実行力は現代においてイノベーターという存在にも近いのではないでしょうか。藩財政を救うことを建前としつつも、懐も温めたということでまぁお金は大好きなんだと思います。濱記の中で八右衛門ただ1人だけが浜田生まれということもあり、中心に据えたいキャラクターです。
名前:会津屋八右衛門
仕事:貿易商
出身:浜田藩(島根県浜田市)
生年:1798年
没年:1837年(1月29日)
享年:39才
分水嶺:竹島事件 1836年(38歳)
お初
鏡山事件の中心人物であるお初は、武芸が達者で男勝りな娘として語り継がれています。長府藩の武士の娘で、江戸浜田藩邸でお道に仕え、聡明な主に感銘を受け、大変献身的に仕えたそうです。お道が自害したことを知るや、即座に仇討ちを成すという行動力がスゴいですね!一途に主に忠義を尽くすお初にはファンも多いです。
名前:お初(松田察)
仕事:浜田藩江戸屋敷(お道の女中)
出身:長府藩(山口県下関市)
生年:1700年
没年:1771年
享年:71才
分水嶺:鏡山事件 1724年(24歳)
お道
お道は容姿端麗で人柄も良く聡明で、和歌、琴、生け花、茶の湯などの諸芸に優れているって、盛り過ぎ完璧スペック超人として語り継がれています。しかも当時二十歳そこらです。奥方が贔屓したくなるのも頷けます。大和郡山藩の藩士の娘として育てられましたが、どんな教育をしたらこんな神童に育つのか、大変興味深い人物です。
名前:お道(尾上、岡本道女)
仕事:浜田藩江戸屋敷(中老)
出身:大和郡山藩(奈良県大和郡山市)
生年:1703年
没年:1724年
享年:21才
分水嶺:鏡山事件 1724年(21歳)
お藤
お藤は愛すべき要素ゼロの小姑みたいに語られていますが、奥方のお道への贔屓を連日目の当たりにすると僻みも当然のように募ってしまったのだと思います。津和野藩の名家の出自ということもあり、真面目すぎる性格に拍車をかけて止められなくなったものと考えられます。仕えるべき主が異なればまた異なる評価を受けたかもしれません。
名前:お藤(岩藤、落合沢野)
仕事:浜田藩江戸屋敷(老女)
出身:津和野藩(島根県津和野町)
生年:1664年
没年:1724年
享年:60才
分水嶺:鏡山事件 1724年(60歳)
間宮林蔵
マミリンは探検家であり幕府の隠密を務めた役人でした。間宮海峡の発見を機に樺太が島であることを証明したのが大きな功績として記録さされています。伊能忠敬に師事し、測量の技術を学んだ折、彎窠羅針(わんからしん)をはじめとする測量の機器を譲り受けたとされています。変装の名人でもあり、浜田藩の密貿易調査の際も、商人に変装して回船問屋・会津屋への潜入に成功しています。機転も利く大変優秀な方のようです。八右衛門の暴走を止めるのは彼をおいて他にいません。
名前:間宮林蔵
仕事:幕府の密偵、探検家
出身:常陸国(茨城県つくばみらい市)
生年:1775年
没年:1844年(4月13日)
享年:69才
分水嶺:竹島事件 1836年(61歳)
松平武聡
松平武聡は浜田藩最後の藩主です。幕末、病に伏していた(とされている)武聡は、圧倒的な徴収軍の武力を前に、前代未聞の自焼退城をし、浜田藩は落城しました。松平武聡については地元では様々に評価が分かれていますが、「濱記」では“ヒキオタ・ボンボン”として面白おかしくイジられるキャラクターにしています。
名前:松平武聡
仕事:浜田藩 藩主
出身:常陸水戸藩(茨城県水戸市)
生年:1842年(3月7日)
没年:1882年(11月7日)
享年:41才
分水嶺:浜田藩落城1866年(24歳)

キャラクターデザイン:やぐら